延命治療(えんめいちりょう)とは、がんなどの病気が手術などの医学的技術ではどうしても回復できないときに、患者の命を一日でも長くするために施す治療のことです。文字の上では治療とありますが、病気のレベルが医療の限界を超えているため、医者の側もどうすることができないのが現状です。
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延命治療の意味現代の医療において延命治療には大きな課題がいくつかあります。一人の人間の生命に関わる問題なので、非常に難しい問題をはらんでいるのです。たとえば、いくら病にかかった親族が助かる見込みがないとわかっていても、たいていの人は一日でも長く生き続けることを祈るでしょう。それが自分にごく近い肉親や友人ならなおさらですよね。ここでは、そのうちの何点かをポイントを絞って紹介します。 |
延命治療と医者の限界少し乱暴な言い方ですが、延命治療をやめるということは、いわば、医者が人間の命を奪うということでもあります。いくら助かる見込みがないとはいえ、医者が自らの手で患者の命に手をくだしてもいいのかという問題があります。 延命治療の苦しみしかし、末期のがんなどに苦しむ患者の多くは、たいへんな苦痛に毎日耐えているという場合が多いのです。そのように病の痛みに苦しむ人間を、よくなる見込みがまるでないのに、いたずらに生きながらえさせるというのも、たいへんつらいことです。とくに、苦痛に耐え忍ぶ姿を見た患者の親族からの延命治療の中止の要望も多々あり、医者を悩ませる原因になっています。 延命治療に関する法の未整備また、現段階では医者が延命治療を積極的に停止すると、法律によって審判を受けてしまいます。現実問題としてこのようなケースはたびたびニュースとなって伝わってきます。医者の側も延命治療をやめるわけにはいかないのです。 |
延命治療に関する統計の結果 |
延命治療について、何らかのガイドラインや法律が必要と考えている医者は、8割を超えるという統計結果が出ています(共同通信社調べ)。医者の側もたいへんなジレンマに立たされていることがわかります。この統計結果を見るまでもなく、早急に指針や法整備を形作るのは、政治の重要な課題になっているのです。しかし、現段階では、他のいろいろな政治的問題に比べて、この延命治療の問題は後手に回っています。 |
延命治療と人間の生命の尊厳 |
もうこれ以上助かる見込みがない状態になったとき、延命治療を拒否して自然な形で命を全うしようという考え方もあります。いわば、人間の生命に対する尊厳への問いかけです。人それぞれ生き方も考え方も千差万別なので、このような考え方をする人も当然いるでしょう。また、近年医療費がたいへん高騰しています。延命治療に要する経済的な負担も相当な額に達します。ですから延命治療を続けた場合、後に残る人間に大きな迷惑を与えてしまうと考える患者もいます。命の問題が、金銭的な不安から選択の幅が狭まるというのは、たいへん悲しい社会です。いずれにしても、患者が延命治療を拒否することは可能です。しかしその場合には、延命治療を拒否したり中止してほしいという患者側の「意思表示」が必要となります。 |
延命治療の拒否・中止 |
延命治療を拒否または、中止するよう求めることは確かに可能ではあります。しかし、このような場合にはいくつかの条件が付かなくてはならないと考えられています。それらの条件が熟慮に熟慮を重ねた結果、書面に残っていなければならないと考えられています。 延命治療を中止するに足る客観的な判断証拠がある延命治療に関わっている主治医だけでなく、まったく別の第三者的立場にいる医者が判断しても、患者に助かる見込みがまったくないと判断できることが必要です。 延命治療拒否を患者本人から希望された患者自身がもう助からなくなった場合には、やすらかな最期を希望しているということを、本人から希望されている場合です。この場合、主として未成年の患者はまだ成熟した意思決定ができないものとし、その希望は聞き入れられません。 |
延命治療の今後 |
このように延命治療は私たち一人ひとりに将来関わってくる重大な問題です。少しでも早い確かな法整備とガイドラインの作成が待たれています。これからの日本は超高齢化社会が到来するといわれています。加えて、現代の格差社会と医療費の高騰がこの問題をさらに深刻にするのも、遠い将来の話ではありません。お金を持っている人と、もっていない人の間に、受けられる医療サービスに差があっては絶対にいけませんよね。ましてや、私たち人間の人生の終わりを迎えるときになって、お金の心配をしなければならない。こんな社会が少なくても、成熟した社会を自任するこの日本であってはいけないのではないのでしょうか。 |
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