「アニメーション」の語源は、ラテン語で「霊魂」を意味する「Anima」に由来し、転じて「非生物に魂を吹き込む」、つまり「動かない絵を連続させることで生き生きと動いているように表現する」技法として人々に親しまれてきました。日本では、とくに芸術性の高い作品を作るアニメクリエイターを「アニメーション作家」と呼ぶなど、テレビアニメのアニメーション監督との差別化を行ってきました。しかし、それは大きな間違いです。芸術性というものは、漠然としすぎていて大衆に受け入れられるものであるかどうかが曖昧になってしまうし、アニメーション作家の独り善がりになりがちなのがほとんどです。企画立案にも参加し、スタッフ全体を取りまとめ、締め切りに間に合わせ、テレビ局側によるクオリティチェックを通過しなければならないアニメーション監督の方が年に一回のコンクールに合わせて一人で製作すればよいアニメーション作家よりも創造性などでは上を行くのではないでしょうか? そこで、今回は「有名なアニメーション作家」ということで日本のアニメーション監督を取り上げて、その違いを考えていこうと思います。
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日本における最大のアニメーション作家とは |
まず、日本においてアニメーション文化を根付かせるという最大の功績を成し遂げたのは「漫画の神様」手塚治虫先生であるといって間違いないでしょう。手塚先生は国産商業テレビアニメーション第一号「鉄腕アトム」を自らが立ち上げたアニメーション製作スタジオ「虫プロダクション」で製作し、大成功を収めました。手塚先生はそれまでのアニメーションが「フルアニメーション(1秒間に24コマの動画を動かすことで滑らかで自然な動きを表現する手法)」で製作されていたのに対し、「リミテッドアニメーション(1秒間あたりの枚数を24枚よりも少なくすることで動画製作の負担を引き下げる手法)」の導入を決め、「バンクシステム」と呼ばれる画像の使いまわしを始めるなど、アニメーション製作費用を大きく引き下げることで毎週放送を実現したのです。しかし、その為テレビ局側が「アニメーション製作は安く済むものだ」という固定観念を持つ結果となってしまい、人件費に予算が十分に回らなくなるという弊害を生んでしまったのもまた事実です。つまり、手塚治虫先生は日本のアニメーションの功労者であると同時に批判対象でもあったのです。 |
日本の誇るアニメーション作家・監督 |
宮崎駿いわずと知れたスタジオジブリの看板で、世界的にも有名なアニメーション監督です。東映動画を代表するアニメーション作品の製作に参加し、独立後「未来少年コナン」や「ルパン三世 カリオストロの城」などを手がけ、1984年には徳間書店の出資によって製作されたオリジナル劇場用作品「風の谷のナウシカ」、1986年の「天空の城ラピュタ」、1988年の「となりのトトロ」などでその名声を獲得しました。作風はファンタジー的な世界観の中でエコロジーや教育論を展開する(「説教」とも呼ばれる)、大人が子供と楽しめるものが多いのが特徴です。代表作である「千と千尋の神隠し」は2002年にベルリン国際映画祭で金熊賞を、2003年にはアカデミー賞長編アニメーション部門賞を受賞するなど、世界的にも広く知られています。 富野由悠季「機動戦士ガンダム」を手がけた、テレビアニメーションの大御所監督です。そのエキセントリックな言動には多くのファンが付き、「御大」とも呼ばれています。日本大学芸術学部を卒業後、虫プロダクションに制作進行として入社した富野氏は「鉄腕アトム」で演出家としてデビューを果たします。虫プロ退社後はフリーの演出家として、数々のアニメーションの作品の絵コンテを担当し「絵コンテ千本切りの富野」の異名を取るほどに活躍しその名を知られていきます。そして1972年には手塚治虫原作の「海のトリトン」で監督デビューを果たし、1979年に「機動戦士ガンダム」を発表し脚光を浴びます。しかし、放映当時はスポンサーの倒産や視聴率低迷による打ち切りなどの逸話も残っています。その後は、サンライズの顔として「戦闘メカザブングル」「聖戦士ダンバイン」「重戦機エルガイム」などを製作し、2005年には20年ぶりに「機動戦士Ζガンダム」を「新訳」として三部作にまとめた劇場版を発表し話題を呼びました。また、小説や作詞なども手がけ、異世界バイストン・ウェルを舞台とした小説をライフワークとして取り組んでいます。 出崎統虫プロ出身で、元貸本漫画家という経歴を持つアニメーション監督です。代表作は「あしたのジョー」「エースをねらえ!」「ベルサイユのばら」などで、止め絵や透過光を効果的に使用した、その独特の劇画調の表現手法や、繊細な人物描写は高く評価されています。70年代から80年代に掛けて活躍した監督として知られていますが、現在も「とっとこハム太郎」や「AIR」などのヒット作の劇場版の監督としても精力的に活動しています。 板野一郎「超時空要塞マクロス」でアニメーターとして参加し独特のアクション表現で一世を風靡したアニメーション監督です。特に、「板野サーカス」と呼ばれるミサイルの挙動は「納豆のように尾から白煙を噴出し、ただの直線ではなく、立体的な軌道を描きながら標的へ向かっていく」という今までにない画期的な表現が今も語り継がれています。ちなみに板野氏がこの演出を思いついたのは、海岸で友人たちとオートバイを運転しながらロケット花火の打ち合いをしていた時の経験からだそうです。現在は演出家として活躍し、「ウルトラマンネクサス」以降のウルトラシリーズにも参加しています。 庵野秀明「新世紀エヴァンゲリオン」の監督を務めた、広範にわたる分野で活躍するアニメーション監督です。「風の谷のナウシカ」でアニメーターとして参加し巨神兵の作画を担当、後に「超時空要塞マクロス」「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」にもアニメーターとして参加しメカニックなどを担当しキャリアを積み重ねていきます。1984年に設立された株式会社ガイナックスの創設メンバーとして参加し、同社のアニメーション作品「トップをねらえ!」でアニメーション監督に転身し「ふしぎの海のナディア」を手がけ、1995年には自身とガイナックスの代表作となる「新世紀エヴァンゲリオン」を製作し一大ブームを巻き起こしました。その後は、映画監督や俳優としても活躍し2002年には漫画家の安野モヨコさんと結婚。仲人を務めたのは、宮崎駿監督であったと伝えられています。 高橋良輔「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」「ガサラキ」などの、リアリズムにあふれた戦争物ロボットアニメの原案・監督でその名を知られるアニメーション監督です。富野監督と同じく虫プロダクション出身で、登場するメカニックの金属感を感じさせる描写や、登場人物の表現が高く評価されていて、代表作である「装甲騎兵ボトムズ」は放映から20年以上経った現在でも多くのファンが居ることで知られています。現在は後進の演出家を育成する私塾を開設、またボトムズの新作を発表するなど、その動向が注目されているアニメーション監督でもあります。 細田守今最も注目されているアニメーション監督です。東映アニメーションにアニメーターとして入社、演出職に転身後は「デジモンアドベンチャー」で監督を務めるなど才能を発揮してきました。その後、スタジオジブリから「ハウルの動く城」の監督に抜擢されたのですが、諸事情により細田版ハウルは製作中止となってしまい「ハウルの動く城」は宮崎駿監督に監督交代するというトラブルに見舞われてしまいました。ハウルの監督交代後は「明日のナージャ」や劇場版「ワンピース」に参加、2006年に公開された劇場用映画「時をかける少女」は大きな話題を呼びました。これは、同時期に上映された宮崎駿監督の長男・宮崎吾朗監督による「ゲド戦記」が賛否両論(原作者であるアーシュラ・K・ル=グゥインはこの映画を「私の『ゲド戦記』ではなく、彼の『ゲド戦記』である」とコメントしています)であったためとも、上映される映画館の少なさと作品のクオリティの高さが相乗効果となったためとも言われています。 |
アニメーション作家とアニメーション監督の違いとは? |
前述したように、アニメーション作家は周りが芸術家であるかのように持ち上げる傾向にあります。これは、アニメーション作家が世に出るためには自主制作作品が何らかのコンクールで入賞しなければならないためであるかと思われます。つまり、アニメーション作家は「知る人ぞ知る」職種であるということがいかにも芸術家であるように扱われているのです。ですが、アニメーション監督はなかなかテレビなどで取り上げられることは多くありません。一般人は知っていても宮崎駿監督程度なのではないでしょうか? つまり、私たちは知らず知らずのうちに「芸術性」というものを高みにおいてしまっているからこそ、こういった格付けを無意識のうちに行っているのです。ですが、およそアニメーションにかかわる人たちは、孤高のアニメーション作家に負けない想像力と意欲を持っています。なにしろ富野由悠季監督は「スピルバーグを越えたい」と公言するほどに、ハリウッドを意識して製作に取り組んでいるのですから。つまりは、「アニメーション作家とアニメーション監督に境界線を敷くな!」ということなのです。 |
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